おかげさまで弊社も今期で24期目を迎えました。
1990年代後半のインターネット黎明期からこの業界に身を置き、ISDNから光回線へ、ガラケーからスマートフォンへ、そして現在はAIの台頭……。
凄まじいスピードで変化する技術の波を最前線で眺めてきました。
四半世紀近くこのWEB業界で舵を取っていると、「変わるもの」の多さに驚かされますが、一方で「ビジネスの本質」は、時代やツールが変わっても驚くほど変わらないものだと感じることが多々あります。
今日は、今から15年ほど前、まだPCが今ほど高性能ではなく、私たちの仕事環境も今よりずっと「脆かった」頃のある苦い経験と、
そこから学んだ「プロとしての提案の姿勢」について、当時の手触りを思い出しながらお話ししたいと思います。
15年前、PCショップの店員に「おせっかい」を焼かれた話
15年前といえば、2010年頃。
Windows 7が登場し、PCの性能が向上しつつあった時期ですが、今のMacBookや最新のWindows機に比べれば、当時の環境はまだ「いつ壊れてもおかしくない」不安定なものでした。
重いグラフィックソフトを動かせばファンが唸り声を上げ、突然画面が固まる「フリーズ」は日常茶飯事。
真っ青な画面に白い文字が並ぶ「ブルースクリーン」が出てすべてが止まる絶望感は、当時のWEB制作者なら誰もが胃を痛めた経験でしょう。
そんな中、私は仕事用のメインPCを買い換えるために、秋葉原にある馴染みのPCショップへ足を運びました。
仕事の効率を上げるために最新スペックのタワー型PCを選び、一通りの構成を決めて会計に移ろうとした時です。
レジを担当したベテラン風の店員さんが、私の注文書をじっと見つめてこう切り出しました。
「お客様、このスペックでお仕事に使われるなら……バックアップ用の外付けHDDと、ミラーリング設定(RAID)、それに自動バックアップソフトも一緒に導入しませんか?」
正直なところ、当時の私の心境はこうでした。
「本体だけで十分な出費だ。外付けHDDなんてネットで探せばもっと安いし、設定も自分でできる。これは店員さんの売上ノルマ、いわゆる『ついで買い』の誘いかな?」
少し冷めた目で見つめる私に、彼は真剣な眼差しを崩さずこう続けました。
「お客様、今のPCは処理能力が上がった分、内部の熱も相当なものです。もし、大事な納品前日にこのHDDが悲鳴を上げて、データがすべて飛んでしまったらどうなりますか?
この追加の数万円を惜しんだために、何百万円という損害と、それ以上の信頼を失うことになりませんか? 今ここでセットすれば、今日からその不安なしに、あなたはクリエイティブな仕事だけに集中できるんです」
彼の言葉には、単なるセールスを超えた「プロとしての切実さ」がありました。
私はその熱意に押され、予定外の出費ではありましたが、バックアップ環境一式を揃えることに決めたのです。
プロの「おせっかい」が私を救った瞬間
その数ヶ月後のことです。
それは、ある大規模なポータルサイトのリニューアル作業。
数週間にわたる徹夜続きの作業が終わり、明日の朝には公開の予定です。他の仕事も詰まっているのでこれでやっと終わると思っていたところです。
「カチッ、カチッ……」
静まり返ったオフィスに、不気味な異音が響きました。
突然、PCの画面が暗転し、二度と起動することはありませんでした。
ハードディスクの物理的なエラーか?突然死でした。
一瞬、全身の血の気が引きました。
冷や汗が止まらず、指先が震えたのを今でも鮮明に覚えています。
しかし、その直後、私は足元に置かれた「あの時買った外付けHDD」が、静かにランプを点滅させているのに気づきました。
店員さんが設定してくれた自動バックアップは、1時間前のデータまで完璧に保存していました。
私はすぐに予備のマシンを立ち上げ、データを復元。納期に遅れることなく、無事に納品を終えることができたのです。
もし、あの時あの店員さんに「おせっかい」を焼かれていなかったら……。
数週間分の努力は水の泡になり、立ち直れないほどのダメージを受けていたでしょう。
後日、私はそのショップへ足を運び、彼に心からのお礼を伝えました。
あの時、追加の数万円を払った自分を褒めたいと思いましたが、何より感謝したのは、「客に嫌がられるかもしれない」「予算オーバーだと思われるかもしれない」というリスクを負ってまで、プロとして絶対に譲れない提案をしてくれた、あの店員さんの誠実さでした。
WEB制作における「バックアップと保守」の正体
この15年前の体験は、24期目を迎えた現在の弊社の姿勢に強く、深く息づいています。
WEBサイト制作は今では業務からは、外しています。主に動画にシフトしています。
懐かしいWEBサイトの制作。
WEB制作の案件では。私たちは単に「見栄えの良いサイト」を作って公開でおしまいではなく、その後の「安全な保守・運用」、24時間体制の「監視」、そして「多重のバックアップ体制」を必ずセットで提案していました。
もちろん、予算の限られたお客様の中には、「制作費だけに全額使いたい。保守は社内のスタッフが片手間でやるから、月々のコストは削りたい」とおっしゃる方もいらっしゃいます。
しかし、24年という歳月の中で、数えきれないほどの「WEBサイトの悲劇」を見てきた私には、その先に待っているリスクが手に取るように分かるのです。
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セキュリティの放置: プラグインの更新をたった数ヶ月止めただけで、脆弱性を突かれ、サイトがマルウェアに感染して顧客情報を流出させてしまう。
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サーバーダウンの代償: 広告を打ってアクセスが集中した瞬間にサイトが落ち、広告費だけが溶けていく機会損失。
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ヒューマンエラーの恐怖: 操作ミスでデータベースを削除してしまい、数年かけて積み上げた1000本のブログ記事が一瞬で消え去る。
これらのトラブルが起きた時に支払う代償は、月々の保守費用の比ではありません。
金銭的なコストだけでなく、対応に追われるスタッフの疲弊、そして何より「この会社は大丈夫か?」という社会的な信用の失墜は、一度起きてしまえば取り返しがつかないのです。
「今は動いているから、そんな心配はいらないよ」とおっしゃるお客様に対して、あえて耳の痛いリスクを語り、対策を提案する。
これは、短期的には「予算を吊り上げる営業」に見えてしまうかもしれません。
しかし、プロとして、お客様のビジネスが5年後、10年後も健やかに、そして安全に続いていることを心から願うなら、私たちはここで引くわけにはいかないのです。
24期目を歩む、私の決意
お客様はWEBやITの専門家ではありません。
流行のデザインや機能には詳しくても、その裏側に潜む「運用上の地雷」までは見えていないのが普通です。
だからこそ、私たちプロが「将来起こりうる不利益」を経験則から先回りして見つけ出し、それを防ぐための盾を提示しなければなりません。
もし、私たちの提案を聞いた上で、お客様が「それでもいらない」と判断されるのであれば、それは一つの経営判断として尊重します。
しかし、私たち側が「嫌われるのが怖いから」「安く見せたいから」という理由で、必要な提案を飲み込んでしまうこと。
そして、後でお客様に泣きを見せてしまうこと。これだけは、24期目を歩む経営者として、絶対に避けたい「最大の不親切」なのです。
「これも一緒に備えておいた方が、絶対に後悔しませんよ」
その一言が、お客様の未来の時間を守り、大切な資産であるブランドを守る。
私たちはこれからも、クライアントの最高のパートナーであるために、プロとしての「責任あるおせっかい」を焼き続けていこうと思います。
【本日の気づき】 クロスセル(追加提案)の本質は、売上アップという「自社の利益」ではない。 「お客様を未来の絶望から救うこと」という「利他」の精神である。
あなたのビジネスにおいて、お客様がまだ気づいていない「15年前の私のようなリスク」は何ですか?
もしそれが見えているのなら、ぜひ、勇気を持って提案してみてください。


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